中村憲剛が絶賛した造園会社のグラウンドキーパー「素晴らしい仕事」

元日本代表・中村憲剛選手が褒め称えたグラウンドキーパーの仕事

2018年9月26日に行われたJ1リーグの湘南ベルマーレvs川崎フロンターレの試合は激しい風雨の中での開催となったが、試合後、アウェーチームだったフロンターレの中心的存在・中村憲剛選手はピッチを管理するグラウンドキーパーに賛辞を送った。

「まずこのピッチ、素晴らしい仕事だと思う。さすが湘南造園さん。こういう雨だと、サッカーにならないケースがほとんどだけど、全然サッカーができた。本当に感謝しかない」。

グラウンドキーパーはサッカーという一大興行の裏でどのような仕事をしているのだろうか? 湘南造園株式会社(神奈川県平塚市)に勤務する「Shonan BMW スタジアム平塚」のヘッドグラウンドキーパー・佐藤光さんに話を聞いた。

Shonan BMWスタジアム平塚のヘッドグラウンドキーパーを勤める湘南造園株式会社の佐藤光さん
Shonan BMWスタジアム平塚のヘッドグラウンドキーパーを勤める湘南造園株式会社の佐藤光さん

佐藤 光(さとうひかる)

1980年10月生まれ、神奈川県出身。CMを手がける制作会社や工場勤務などを経て、2009年に湘南造園株式会社へ入社。サブグラウンドキーパーとして『Shonan BMW スタジアム平塚』(当時は平塚競技場)、『馬入ふれあい公園サッカー場』(神奈川県平塚市/湘南ベルマーレの練習場)、『麻生グラウンド』(神奈川県川崎市)を担当。2016年、Shonan BMW スタジアム平塚のヘッドグラウンドキーパーに就任した。

『Jリーグベストピッチ賞』を受賞

ピッチの芝の管理について語る湘南造園株式会社の佐藤光さん

2016年より同スタジアムのヘッド・グラウンドキーパーを務める佐藤光さん。

湘南造園株式会社は造園事業、園芸事業、石材・お墓事業、霊園開発、芝生整備事業(グリーンターフプロジェクト)を行う、創業90年を超える老舗造園事業者だ。

芝生整備事業は、小学校の校庭、ゴルフ場、野球場、ラグビー場、『川崎フロンターレ』の練習場である『麻生グラウンド』(神奈川県川崎市)などの管理に携わっている。

なかでも湘南ベルマーレとは設立当初から親交が深く、Shonan BMW スタジアム平塚はもちろん、練習場の馬入ふれあい公園サッカー場の管理も行う。

Shonan BMW スタジアム平塚は、今でこそ湘南ベルマーレのホームグラウンドとして認知されているが、もともとは平塚市が運営を行うグラウンド。

Jリーグ加入当初は芝生の水撒きを行うスプリンクラーが設置されていないなど、設備が充実していなかったそうで「管理がすごく大変だった」と佐藤さんは言う。

しかしそうした状況から、同社は2006年に『Jリーグベストピッチ賞』を受賞するなど、輝かしい実績を残してチームとの信頼を築き上げてきた。

「今では監督ともやりとりができるので、チーム方針に合わせたピッチ作りができています」。

グラウンドキーパーは天候との闘い

自身の仕事ついて語る湘南造園株式会社の佐藤光さん

もともと植物好きで、湘南ベルマーレのサポーターだった佐藤さんは、入社当時から「グラウンドキーパーは天職だと感じていた」と振り返る。しかし、いざ仕事が始まるとイメージとは真逆の仕事も少なくなかった。

「1年中同じ作業をしていると思っていましたが、天候に左右されることばかりです。そのため、日によって作業内容は大きく変わります」。

たとえば、取材前日は雨に降られたものの、翌日は天気良好。こうした状況ひとつとっても、作業内容は変わる。

「昨日はライン引きをする予定だったのに、雨でできませんでした。夕方にはやみましたが、ピッチが濡れていると芝も刈りにくいし、ライン引きも難しい。

しかし、翌日の天気予報を見ると“朝から晴れ”で“風速7メートル”となっており、朝露もないだろうと予測。あえて昨日はライン引きや芝刈りなどの作業をせず、今朝決行することにしました」。

Shonan BMW スタジアム平塚

天気はどうすることもできないし、ピッチ管理をする上でもっとも苦労する部分かと思いきや、意外にも「季節や天気に従って準備をしているだけなので、それが当たり前になっていますね」という答え。

「前日に何種類もの天気アプリを併用して調べますが、それでも天気は変わるかもしれない。だけど、それに従うしかありません。確かに自分の思い通りの天気になってくれれば良いですが、そうもいきませんからね。この仕事をしている限り、天気に振り回され続けますよ」。

そう言って、佐藤氏は苦笑する。

グラウンドキーパーが試合日前に行う仕事

Shonan BMW スタジアム平塚の芝

グラウンドキーパーでも試合直前や試合中の台風や大雨となると、どうすることもできないそうだ。特に記憶に残っているのが、J2優勝がかかった2017年第39節・ファジアーノ岡山戦だった。

直前に台風21号によって練習場である馬入ふれあい公園サッカー場が水没してしまった。

ボランティアの協力でグラウンド内に溜まった泥などは除去できたもの、芝生の修復が間に合わず、湘南ベルマーレの選手が練習できなくなってしまった。

急遽、優勝がかかった大事な試合の直前ということもあって試合で使うShonan BMW スタジアム平塚で練習することになる。

試合が続いた後に、今回のイレギュラーの練習。満足いく手入れができない状態で迎えた大一番。試合前にポツポツと降っていた雨は、キックオフと同時に大雨に変わった。

「サブグラウンドキーパー時代を含めて何年もスタジアムを見ていますが、ピッチの状態はこれまでで最悪でした。無力でしたね」。

Shonan BMW スタジアム平塚の芝を確認する湘南造園株式会社の佐藤光さん

「あそこまでピッチに水が溜まることはなかったので、すごく悔しいです。水たまりができたのは、台風や大雨で芝生下の砂にまで水分が含まれていたことが原因でした。そうなると私たちができることは何もありません」。

その後無事に優勝は決まったものの、まだ最終節のホームゲームは残っていた。佐藤さんは次の試合までにピッチコンディションを戻すことに全力を注いだ。

「大学サッカーの試合もあったので、ピッチ管理の予定をすべて組み直して最終戦に間に合わせました。その数週間で見違えたと自負しています」。

Shonan BMW スタジアム平塚のピッチは夏芝と冬芝を併用している。ピッチに傷ができても埋められるように、夏芝は横へ匍匐(ほふく)するように生育しているが、寒い時期に期待はできない。こうした状況を鑑みて、佐藤さんは最終戦に向けてこれまで試したことのなかった大胆な作業を行った。

「選手が最も密集するゴールエリア付近など、状態が特に悪い1,000ヵ所ほどに、スタジアム近くで保管している補植用の芝生を持ってきて植えました。この時期としては異例の多さといえます」。

Shonan BMW スタジアム平塚で取材日に行われていた湘南ベルマーレ vs FC町田ゼルビア

さらに佐藤氏はピッチに手を加える。冬芝は条件が良ければ4日ほどで発芽する。試合の数日前に冬芝の種を蒔いてはいたものの、当時は気温が低く、発芽までに10日間ほどかかるだろうと予想。

そこで保温性の高い養生シートで発芽の時期を人工的に早め、みごと最終戦に間に合わせた。

まさにプロの意地。冬場でも整備された真緑の芝生には、こうした努力が潜んでいる。

グラウンドキーパーは試合中の選手の顔の向きを注視

芝の上での選手の動きを確認する湘南造園株式会社の佐藤光さん

庭の芝生を管理したことがある人ならお分かりだろうが、芝生を1年中緑に保つのは非常に難しいこと。

「ピッチを夏芝だけにしておくと葉の色がだんだん落ちて、冬には真っ茶色になってしまいます。そこで、鮮やかな緑が楽しめる冬芝の種を9月中旬から10月上旬に蒔いて緑をキープします。

すると今度は当然、冬芝は夏に衰退してしまうので、夏前に夏芝をどんどん被覆させなければなりません。春先からは冬芝の育成が良いので、密度を高めていくため、すき刈りで密度を落としたりします。

また、刈高を低くして刈り込むことでストレスを与え、冬芝の下に隠れている夏芝に光を与えて芽吹きやすくします」。

わずかにでもピッチに不陸(平らでない箇所)があると、ミスに繋がるかもしれないし、ケガをさせてしまうかもしれない。佐藤さんは「選手の一生に関わる足元を支えている」ということを常に胸に刻んで仕事を行っている。

そのリスクを伴っているため、特に試合中は、“選手の顔の向き”が気になる。

ハーフタイムに補修作業を行う湘南造園株式会社の佐藤光さん

「選手はパスを受けるときに顔を上げて次のプレーに入るのが普通ですが、ピッチがボコボコだと怖がって、ギリギリまで足元を見てしまう。だから、選手の顔が常に上がった状態でプレーしているのを見ると安心します」。

ハーフタイム中はピッチに出向いて、ギリギリまで補修作業を行う。佐藤氏を含めた5人でピッチを修復する。これもプレーの質を落とさないための作業のひとつだ。

ゲーム中に凹んだ箇所を起こして、それでも平らにならないところには砂を蒔く。その他にも、スパイクで削れてしまったカスも回収。

「見栄えも大事ですからね。ちなみに、不陸を残したままだと翌日うまく芝生を刈れないので、試合終了後もおおまかに補修をします」。

中村憲剛に背中を押されヘッド・グラウンドキーパーに

Shonan BMW スタジアム平塚の芝

「同じ年齢ということもあり、中村憲剛選手と仲良くしていました。ある日、芝生の長さが気になったので、練習後に芝生を1ミリ短く刈ったことがありました。すると翌日、憲剛が練習をしていると僕に“あれ? 芝生短くした?”って言ってきました。

驚く僕に憲剛は“麻生(グラウンド/湘南造園が整備する川崎フロンターレの練習場)は俺の方が長いからね”って。フロンターレの中心選手の彼が、選手のなかでもっとも芝生を気にしていたことが分かるエピソードです」。

ほどなくしてShonan BMW スタジアム平塚でヘッドグラウンドキーパーとして働くことが決まった佐藤さん。正直、ヘッドになることを不安に思っていたそうなのだが、「光ならできるよ」と中村選手が背中を押してくれて決心がついた。

グラウンドキーパーには思考力、決断力、実行力が必要

Shonan BMW スタジアム平塚に駆けつけた湘南ベルマーレのサポーター

Shonan BMW スタジアム平塚にヘッドグラウンドキーパーに就任して1年目は「サブグラウンドキーパー時代にこのスタジアムに携わったこともあったので、ピッチの特徴は知っていたのですが、自分の仕事に納得いかない部分もあった」と振り返る。

「湘南ベルマーレのサッカーは“走るサッカー”を主体としているため、芝生に足が取られないように短く刈り込んだ方が良かった」。

翌シーズンは反省点を改善し、思い通りのピッチを作り上げることに成功した。

最後に佐藤さんに、グラウンドキーパーの仕事で大切なことを聞いた。

「思考力、決断力、実行力です。まず朝一番に芝生の状態を見て“考える”、どんな作業をするのか“決断する”、そして“実行する”。その繰り返しです。それが何のトラブルもない最高の芝生を生み出すための唯一の方法ですね。

さらにその作業をすることで、湘南ベルマーレの勝利に貢献できるなら、こんなに嬉しいことはありません」。

取材協力=湘南造園株式会社株式会社湘南ベルマーレ、平塚市


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